交配前後の繁殖牝馬の管理について(生産)

日高育成牧場では、4月末までに全8頭のJRAホームブレッドが誕生しております。今年は例年より冬の寒さが厳しかったですが、ゴールデンウィーク明けになりようやく桜も咲きました(写真1)。さて、今回は日高育成牧場で行なっている交配前後の繁殖牝馬の管理についてご紹介したいと思います。

写真1 桜が咲きました!

ライトコントロール

 馬は春にしか発情期が来ない「季節繁殖動物」です。春になると日が長くなり、気温が上がり、草が伸びますが、馬は何で季節を感じているかというと「日の長さ」であることがわかっています。そこで、馬房内に電球を照らして人工的に明期を長くすることによって、馬の体に「春が来た」と錯覚させ、早く発情期を迎えるというテクニックが「ライトコントロール」です。

 具体的には、冬至(12月20日頃)から昼間(明期)を14.5時間、夜(暗期)を9.5時間になるようにタイマーを用いて馬房を照らします(写真2)。すると無処置の場合と比較して、約2ヶ月初回排卵を早める効果があるという研究結果が出ています。

 この繁殖シーズンの初回の排卵は「持続性発情」となるなど安定しないことが多いため、なるべく早期に排卵させてしまい、2回目以降の安定した排卵を狙って種付けを行なうということが効率的な管理につながります。

 なお、この「ライトコントロール」は明期だけでなく暗期も重要です。窓を閉め外から街灯の光が入ってこないようにするなど暗期をなるべく暗くするように工夫した方がより効果的です。

写真2 ライトコントロール

獣医師による検査

 ①直腸検査

 直腸壁を介して卵巣や子宮を触診する、最も一般的な検査です。子宮は大きさ、硬さなど、卵巣は卵胞の大きさ、軟らかさ、排卵窩の開き具合などを調べ、総合的に判断します。

 ②超音波検査(エコー検査)

 直腸検査と併せて、卵巣や子宮を超音波診断装置により描出する方法です(写真3)。卵胞の大きさや形、排卵の確認、黄体の有無、子宮の貯留液の有無、シストの確認のほか、妊娠鑑定にも必須となっています。

 ③膣検査

 膣鏡を陰門から挿入し、膣粘液の量、膣壁の充血具合、子宮外口の形を見ます。

 繁殖牝馬には個体差があるため一概には言えませんが、日高育成牧場では通常下記の所見が確認された後、後述の排卵誘発剤を投与し種付けとなります。

1)卵胞が成長過程で(1日に3~5mm)、大きさが35mm以上ある

   2)超音波検査で子宮の浮腫が認められる

   3)膣検査で子宮外口の軟化が認められる

写真3 排卵前の卵胞

交配前後に使用する薬剤(写真4)

排卵誘発剤

 以前は直腸検査の結果から排卵時期を予測し種付けするというスタイルが常識でしたが、近年はより効率的に交配するため排卵誘発剤が普及してきました。

 ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)は、馬の排卵を直接的に誘発する黄体形成ホルモン(LH)様の作用を有しており、2,500~3,000単位を静脈内投与すると、24~48時間後に排卵する確立が高くなるため、種付けの前日に投与します。「卵胞が排卵できる状態」にあることが使用の前提となるため、前述の所見を確認後投与します。

 少し専門的な話になりますが、このhCG製剤を繰り返し使用すると免疫反応によって繁殖牝馬の体内に抗体が作られ効果が減少すると言われているため、上記の所見が認められない場合は使用しないなど、無駄打ちをなくしなるべく使用回数を減らす注意が必要です。

 海外ではこのhCGの欠点を改善した性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の類似物質であるDeslorelinが使用されています。GnRHは前述のLHの放出を促進し、その結果間接的に馬の排卵を誘発するため、hCGより自然な排卵に近い効果が得られると言われています。2.1mgを皮下注射すると48時間以内に排卵すると言われていますが、卵胞の大きさが30mm以上であることが使用の前提であるため、投与前に超音波検査を実施することが不可欠です。

②子宮収縮剤

 種付けをすると、精子は約1時間以内に卵子と受精する場所である「卵管」に到達すると言われています。卵管に到達できなかった余分な精子は、子宮の炎症の原因となるため、速やかに排出した方が良いとされています。そのため、我が国では種付け後の子宮洗浄が一般的に行なわれていますが、日高育成牧場では海外で一般的な方法である子宮を収縮させる作用のあるホルモン(オキシトシン製剤)を25単位筋肉内注射しています。

 ③黄体退行処置(発情休止期の短縮)

 繁殖シーズンの牝馬は、約1週間の発情期と約2週間の発情休止期(黄体期)を交互に繰り返しているわけですが、発情休止期(黄体期)が終わるシグナルは子宮から分泌されるプロスタグランジン(PGF2α)が黄体を退行させることによります。1回目の種付けが不受胎であった場合や、分娩後初回発情での交配を見送った場合など、一日でも早く次の種付けを行いたい場合、PGF2α製剤を使用することで早く次の発情期を迎えることができます。具体的には、発情休止期(黄体期)と思われる時期に超音波検査を実施し、黄体の存在を確認してから投与します。PGF2α製剤の一つであるクロプロステノール製剤を250μg筋肉内注射します。

写真4 左からhCG製剤、GnRH製剤、オキシトシン製剤、PGF2α製剤

分娩後の交配

 妊娠馬は、分娩後約10日で排卵が起こることが知られています。現在我が国ではこの「分娩後初回発情」で種付けを行うことが一般的ですが、2回目以降と比較して受胎率が低いことがわかっています。分娩による子宮のダメージが十分に回復していないことが原因です。日高地方で過去に行なった調査では、分娩後初回発情で交配された場合の受胎率は約46%であり、2回目以降の受胎率約65%と比較して明らかに低い結果でした。さらに13歳以上の高齢の繁殖牝馬では受胎率は約37%にまで低下することがわかりました。さらに、分娩後初回発情で種付けを行うと10日齢前後の子馬を一緒に種馬場まで輸送することになるため、まだ幼弱な子馬に大きなストレスをかけることになります。以上から「分娩後初回発情」で種付けは推奨できませんが、シーズン終盤など止むを得ない場合は下記の基準を元に判断すると良いでしょう。

1)牝馬の年齢が12歳以下である

   2)分娩後の後産排出が1時間以内であった

   3)分娩後の後産の重さが8kg以下であった

   4)種付けが少なくとも分娩後10日目以降である

   5)分娩後の子宮頸管スワブの細菌検査が陰性であった

日高育成牧場では、生産率を向上するため基本的に分娩後初回発情は見送り、前述したPGF2α製剤を使用して発情休止期(黄体期)を短縮して2回目以降の排卵で交配しています。

 以上、日高育成牧場で行なっている交配前後の繁殖牝馬の管理についてお話させていただきました。私たちも現在のやり方がベストだと満足してはおらず、今後もよりよい管理方法を模索してまいりたいと思っておりますが、ご参考にしていただけましたら幸いです。